2009年度教育研究所定期講演会 6月度レジュメ

平成21年6月富山市県民会館で行いました、NPO法人教育研究所講演会「ネット依存とひきこもり」(講師:牟田武生)のレジュメ文です。

ネット依存に陥る子どもや若者が最近急増しています。

親には見えないネット依存に対して、皆様方に少しでもお役立て頂ければと思いまして、NPO教育研究所のホームページにアップしました。是非、お読みください。

「ネット依存とひきこもり」 ~子どもがひきこもりネット社会に居場所を見つけた時~

NPO教育研究所 理事長 教育コンサルタント

厚生労働省依嘱事業 宇奈月「若者自立塾」主宰

牟田 武生

1.子どもとインターネット

子ども達にとってインターネット(ネット)やパソコンは、お絵かき(ペインティング)・ネットゲーム(オンラインゲーム)・チャット・掲示板・ホームページ作成など遊びの世界から拡がった。また、携帯電話も連絡手段だけではなく、見知らぬ人と数字暗号でメールを交し合うポケベル遊びから発展し、PHS経由で携帯電話に引き継がれていった。子どもの世界では遊びから始まるものは、級友や友達、そしてネットの掲示板やチャットで繋がった人を含め、急速に拡がる傾向がいつの時代でもある。

ネット依存とは何か?

チャットやネットゲーム(オンラインゲーム)等によって、精神的に充足し、安定を得ている状態で、日常生活において生理的に必要と思われること(生理的欲求)以外は全てに近い時間をネットゲームやチャットに費やして生活している状態の人のこと

背景にあるもの

パソコンの普及・ブロード・バンド(高速通信回線)の常時接続が安価な値段で接続が可能になる

テレビゲームの下地・アニメへの親しみ・ゲーム配信会社の経営戦略・行政の無力さ

希薄な人間関係・・ひとり遊びの世界からチャットを使っての仮想社会への拡がり・匿名社会の気楽さ

※ 自分の部屋のパソコンで好きな時に好きなだけ安価な値段でやれる魅力・ハマると湯水のようなに出費が嵩む。

子どもがネット依存になりやすい家族とは

  •  家庭に親族を含め訪れる人が少ない家
  •  両親が共働きなど家にいないことが多く、子どもがひとり家にいる
  •  両親がインターネットについての知識が乏しい
  •  親がネットゲームやTVゲーム好き
  •  子どもは個室を持ち、無線LANなど自室で遊べる環境が整っている

ネットの利便性と危険性

ネットは世界中の人々と大量の情報を正確にすばやく、やり取りできるなどの多くの利便性を持っているが、同時に情報の提供者と受け取り手の間に、チェック機能がほとんどないので、情報の信憑性を確かめるのは受け取り手自身になる。さらに、モラルについての規制もなく、匿名性の無責任から起こる他人や団体・組織を誹謗中傷する発言や青少年にとって危険で有害なサイトも数多く存在する。自由な情報提供や表現活動の裏には同時に危険性も潜んでいる。そのため、ネットを利用する全ての人は社会常識として多くの知識やしっかりしたモラル感覚が必要だ。

子どもがネットを使って、知っている人や所在がはっきりした団体や機関・企業のホームページを見たり、それらの人や団体とメールを交すことは、相手がウィルスに感染していない限り、全く問題は起こらない。しかし、不特定多数の人達が使う掲示板、チャットには、匿名性の言葉による暴力や脅しが、ネットゲームにはゲームにはまり込み、日常生活が乱れるネット依存の危険性が待ち受けている。

携帯電話やPHSもネットの端末機能を持っているから、いつでもどこでもネットを利用できる利便性がある。それを利用して、出会い系サイトで知り合った人との援助交際をするなど、今日では非行や犯罪の温床にもなってきている。携帯電話などは従来の固定式電話と違い、いつでもどこでもの使える利便性から、話し相手やチャット仲間との関係性が保護者の目の届かないところにいってしまった。

2.ネットで変わる子どもの心

不特定多数の匿名性の社会という危険性が高い世界をネットは持っている。しかし、それが子どもにとっては大きな魅力にもなる。メール相手やサイトの関係が保護者や先生からは見えない秘密の世界が、子ども達にとってはスリリングで刺激的な社会という魅力に満ちた不可視空間での仮想社会を作っている。

自分の好きなことや興味のあることをネットで検索をし、その内容が瞬時に提供されるネット社会は、ネットサーフィンを続けることによって楽しさが増していく。孤独な現代の子ども達は、ネットによって、自分と同じ趣味の人が大勢いることがわかり、嬉しくなると同時に孤独感はいつの間にかなくなる。そして、見ることだけでは満足できなくなると、掲示板に自分の趣味のことを書き込み、それを読んだ他人から返事が返ってくると、自然に同じ趣味でフィーリングが合う仲間が増え、ネットの仮想社会にこころの居場所できる。

ネットの世界に居心地の良い居場所ができると、「オタクだね!」などの些細な批判やネットのやり過ぎを大人が注意すると、猛反発を招くことがしばしば起こる。ネットゲームにはまりこんでゲーム以外に何もしなくなった人を「ネット依存」と呼ぶ。その状態の子どもを普通の生活に戻そうとネットの使用を禁止すると、ネットの中にある仮想社会のこころの居場所は自分の存在の証明でもあり、ストレス発散の癒しの場所だったためか、ひどい家庭内暴力が起きることがよくある。

少子化社会で核家族の中で育った子ども達は、小さい頃から異年齢の子どもだけの集団で遊ぶ体験がほとんどなので、人間関係のスキルが充分に育っていない。人間関係のスキルが不充分な子どもは、ストレスを受けやすい。学校生活で受けた人間関係のストレスを発散するのに、ネットは気遣いのいらない世界だから飛び込みやすい。一般的には男の子はネットゲームに女の子はメールやチャットのコミュニケーションにそれぞれ依存していく傾向が高いようだ。

その魅力

  • エンドレスのゲーム
  • ほどよい匿名のキャラ関係(人間関係)
  • 興奮するゲーム内容
  • ゲームの中でアルバイトが出来るものまで最近は企画されている
  • あきさせない新しい企画が次々に登場
  • 全世界の人が何万にも参加することによる意外性

ネット依存・キレる子どもの関係

  1. ネットゲームの仮想社会で傷ついた心が癒されたり、仮想社会の中で友達を見つけたりすることによって、居場所を作り、ネットゲームにはまり込んで、最後には「ネット依存」になるケースが考えられる。
  2. ネットゲームの仮想社会でも自分が考えたようにはいかず、潜在的な心理として他罰的・被害妄想的という点で現実社会と仮想社会の両方が結びつき、両方の世界の区別が完全に出来なくなり、自己の存在を示すために、攻撃的でしかも暴力的行動になって表れることが予想できます。ネットゲームでキレるタイプはこのような人だ。

※ アメリカ第一歩兵部隊、ミックスリアルの世界

3.ネット依存は「依存症」か?

精神依存・・病態生理として、薬物・アルコール依存で服用やアルコールを求めるような精神衝動としての精神依存はある。

身体依存・・薬物やアルコールを使用することで生理的なバランスを保ち、中止すると離脱症状が起こるような身体症状はない。

耐性化・・・アルコールや薬物のように耐性が出来、使えば使うほど量が増えるという耐性化は低い

このことから考えても、薬物・アルコール依存症などの病的な依存症とは区別すべきである。

それよりも「心理的依存」と見る方が良い。心理的依存の背景にあるものが“見捨てられ不安”である。

4.カウンセリングでの内容をカテゴリー分析すると二つのタイプに

タイプ1(不登校・出社拒否/ひきこもりが背景)

  • 現実社会の生き難さ、居心地の悪さ、他人の目が気になる、友達がいない、居場所がない等・・人間関係力の弱さ
  • 挫折感、体調不良、過去の悩み、自身がない、優柔不断・・後悔・心の傷・ストレス
  • 家族の無理解・・親子関係

タイプ2(ゲーム優先)

  • ゲームが楽、ゲームの誘惑、やめる気になればやめられる・・自制力の不足
  • 罪悪感、ゲームのプロになる(正当化)、現状維持・・依存
  • 家族の無理解・・親子関係

5.さらに細かく分け、具体的に対応するには

  1. 不登校⇒ひきこもり⇒ネットゲームの場合(心因性)
  2. 不登校⇒生活変化なし、遊び友達多し⇒ネットゲームにはまる⇒オフ会にも参加、普段の遊び友達以外、ネット仲間も増える(怠学傾向)
  3. 学校が何となく面白くない⇒ネットゲームにはまる⇒何となく不登校⇒ネットゲームにのめり込む(ネット依存になるタイプ)
  4. ネットゲームにはまり⇒生活リズムの乱れ⇒不登校ネットゲームもやるが友達とも誘われれば遊ぶ(父性原理が欠落したアパシータイプ)

6.ネット依存の子に、いきなりネットゲームを止めさせると…

家庭内暴力に発展するケースが非常に多い。(仮想社会に居場所がある。それを否定される)

  • 現実社会の楽しさを得られるような配慮が必要。(人間関係の問題)
  • 身体を動かす。
  • 五感を使って遊ぶ。
  • 会話を多く(本人の望む会話内容から)
  • ロングキャンプに誘う。(環境を変える)
  • 信頼関係ができたら「ネット依存」であることを告げ、自覚させる。

※最低3ヶ月間ネットゲームを離れると、ネットの仲間との関係が切れることが多い。

7.具体的には…。

禁止するよりも自主規制ができるようにすることが大切。自主規制できるこころを如何に育てるかの視点が重要になる。

  1. どのタイプになるのか。依存の多くは5の分け方の②③が多い。このタイプに共通することは、人間関係をひいている(苦手意識はあるが、不安や恐怖はない)だけであるから、背中を押し、動き出せば、他でも適応できるタイプである。
  2. 本人に「ネット依存(ネット廃人)」であることを告知する。そして、自主規制をせまり、できなければ、他者規制に入ることを告げる。2週間様子をみる。

出来ない場合、親、本人、第三者(学校の先生や権威ある親族など)と、ゲームやチャット時間、例えば、午後7時半から9時までとか、誓約書に具体的に書き、出来ない場合は専門の治療機関に最低3か月入ることを明記させる。2週間様子を見る。

それも出来なければ、宇奈月塾などの専門機関に入塾させる。

8.ネットから子どもを守るために

ネットゲームやチャット・掲示板などを週3回以上やっている。あるいは自分のホームページを開いている子どもが遅刻することが多くなり、授業中の居眠りが始まったり、体調不良で保健室への利用が多くなった場合は深夜までネットをしているために、睡眠不足が起こり、生活リズムの乱れが起きていないかをチェックする必要がある。例え、そのような乱れが起きていなくても、機嫌が悪いことが多かったり、気分の変動が激しかったり、孤独感が強くなったり、家の人と話す時間が少なくなった場合もチェックが必要だ。

もし、ゲームにはまっている場合は保護者と協力して、「ネット依存」であることを告げる。そして、その子どもが友達の多い場合は、使用時間などの規制をかけても問題はないが、学校で仲の良い友達がいない場合は、ネットがこころの居場所になっている可能性が大きいので、使用に関して規制をかけずに、パソコンやネットを媒体にして教師や級友の配慮で友達づくりをし、現実生活に心の居場所ができるようにすることが大切な要素になる。

子どもが出会い系などの有害サイトやネットゲームで使用する高価なアイテム(武器や防具などの道具)を売買している違法行為(?)をしているサイトを利用している場合(現在はゲーム管理会社が売買して運営費と利益を出している)は、保護者に子どもが何を見ているのか、ネットの履歴をチェックする必要があることを言う必要がある。履歴検索の結果、もし、利用していたことの事実が分れば強い指導の必要性がある。まだ、自我が確立していない子どもの場合、トラブルに巻き込まれて、こころに傷をつけることもあるので充分な注意が必要だ。親はネットのことやパソコンのことは分からないから「子どもに任せてある」では、すまされない時代なのだ。

※ 以前は違法行為だったが現在はゲーム管理会社が行っている。

※ 最近はゲームでリアルマネーを稼ぐアルバイトまである

9.ネットの仮想社会と共存するために

平成16年6月に佐世保で事件が起きた。加害女児が作ったホームページに仲の良かった友達の書き込みをめぐってのトラブルが直接のきっかけだった。精神鑑定の結果、精神疾患が見られないが、表現力がやや不足したおとなしい普通の子どもということが分かった。この事件は多くの人に大変な衝撃と教訓を残した。

現在の子育て環境では、人間関係のスキルが充分に育っていない子は多く存在する。それらの子どもは自分の気持ちや感情を言語化して上手に表現できないために、心の中に起こっている様々な感情を押さえ付け、ストレスを溜め込みながら生活している。廻りの先生や親達には一見おとなしい子と映るが、実は悩みを抱えている。

子どもの心に耳を傾けることがやはり大切だ。様々な感情を表現できずにいた子どもが、自分の精一杯の言葉で思いを伝え、真剣に話しを聞いてくれたという思いと、自分の気持ちが伝わったと感じた時、溜飲が下った気持ちになれる筈だ。

子どもにとってネットの世界は未知の魅力に溢れている。それに負けない世界が現実社会の人と人の交わりの中にあることを、心や肌で感じられるくらいの温かさを大人は子どもに与えなければならない。真のこころの居場所は現実世界にあることが、実感できればこのような不幸な事件は二度と起きないと思う。

10.情報モラル教育について

情報化社会はもうやって来ている。現実の世界でも相手の立場を考えたり、思いやったりする気持ちが何よりも大切だが、ネットの中にある仮想の世界も同じように大切だ。しかし、大勢の人が見ている前では、誰でもがゴミを捨てないが、誰も見ていなければ小さなゴミや煙草の吸殻は捨てたくなる誘惑はある。匿名社会のネットの世界では、自分のことなんか誰も知らないし、誰も見ていないだから、相手を誹謗中傷しても誰にも分からないからと、安易な気持ちになることもあると思う。そのために、ネットの世界では強い倫理観が必要になる。そして、それを支えるのが人権教育だと思う。

ネットの世界の人権教育といっても特別のものはない。「私たちが幸せに生きるための権利で、人種や民族、性別を超えた万人に共通した一人ひとりに備わった権利」が人権教育の柱だ。これをネットの世界でも、みんなで大切にしていこうという考え方だ。

匿名社会にハンドルネーム(ネット上の名前)で登場しても、その後ろには人間としてのあなたがいる。ハンドルネームや仮名の付き合いでも、それは人と人の付き合いには変わりないことを子ども達に充分に理解させる必要がある。

参考文献 

  • “ネット依存の恐怖” 牟田武生著「教育出版」2004.2
  • “オンラインチルドレン”ネット社会の若者たち「オクムラ書店」2007.4
  • “ニート・ひきこもりへの対応」牟田武生著「教育出版」2005.8
  • 金子書房『児童心理』 特別企画 ネット社会に必要な教育とは何か17年2月号掲載
  • 連載 共同通信社「ネット依存からの脱出」平成18年連載