生き方探しの旅へ(1)

- MSN-Mainichi INTERACTIVE No.14 -

 謙介(仮名17歳)は高校2年の5月から不登校になった。不登校になった理由を親には何にも話さない。 有名進学校に合格し、中・高ともトップクラスの成績を修めていた。
理系国公立クラスの担任は「謙介は、友達は少ないけれどいた。
クラスにはいじめもなく、皆、医者になる、科学の研究者になる等、目標に向かって普通に学園生活を過ごしていた」という。5月の半ばの突然起きた不登校。

 両親は、「学校で嫌のことでもあったの」「どうして、学校に行かない理由を教えて」
「黙っているだけでは分らない!」「行きなさい!」と、言葉を謙介にあびせかけた。
何にも言わなかった謙介は「もう、二度と学校には行かない」と一言だけ言った。

 部屋で一日過ごし、時々、図書館や本屋に出かける。
不安になった母親は、心理学の本、不登校関係の本、精神医学書などを読みあさった。
そして、謙介にカウンセリングに行くことを勧めてみた。
謙介の答えは「僕は病気ではないし、おかしくもない。だから、そんな所、行っても仕方がない」だった。

 夏から台風が何度も上陸し全国に被害をもたらしていた。
そんな秋のある日、母親が私の本を謙介に見せた。
「この先生なら俺、知っている。WEB新聞で読んだことがある」と答えた。

 謙介はまじめな好青年だった。そして、いきなり言い出したことは、
「先生は本やWEB新聞を読んでも、話を聞くだけでもなく、
また、先生の価値観を押し付けないで、一緒に考えてくれる先生ですよね」と聞く。
「そうだよ。それが僕のカウンセリングのスタイルだよ」と答えた。

 謙介は安心して話し始めた。
「点数を上げるテクニックや偏差値に振り回され、他人と競争して何の意味があるのでしょうか。例え、それで勝ち抜き、一流大学に入って、卒業し、仕事について、人と給料で差をつけて喜ぶ心理も分らないし、本当にそんなことで幸せなのですか。僕には、最近そんな人生つまらないと思えるのです。父は国立大学の経済学部を出て、ある商社の営業畑で働き、課長になりました。酔うと、仕事の愚痴ばかり漏らし、 アジアの国から叩いて安く品物を仕入れ、高く国内で売ることに何の意味があるのか、社内の派閥争いに巻きこまれ出した。社長派、会長派、実にくだらない。と母に絡みます。会社員になっても意味がない。と思うし、医者でも研究者でも、組織があれば、皆、同じような気がします。そんなことより、自分らしく生きたいと思っているのです。例えば、田舎で暮らして、北の国のゴローさんみたいに廃材で家を建てる。働く時間は、生きるために最低限だけにして、もっと、人間関係も相手の気持ちや心の動きが分るくらい。ゆっくりと話がしたいのです。働くよりも、むしろ、そっちを大切にした生き方がしたいのです。僕は、どちらかと言うと、人間関係を引いてしまう方だから、なかなか、友達が出来ない。例え、友達が出来ても、生きる意味や目的といった深い話なんて、今の高校生は誰も話さない。人に優しく、自然を大切にしたエコライフが僕の理想なのです。僕の価値観はおかしいのでしょうか」

 「うむー、おかしくないよ。謙介君の考えは何も間違ってはいないと思うよ」と答えたもののそんな世界、ドラマ以外に何処にあるのかと、考えてしまった。
今の日本は若者にとっては、就職難、年金等の公的負担の増加、身分保証がない上低賃金、「良い大学卒は大きな会社、幸せな人生という」メインストリュ-ムの崩壊、モデル像にならない中高年、これから日本はどうなっていくのだろうかという漠然とした不安など、社会状況は厳しいことばかり、僕を見つめる謙介の目には、彼が最初に言った「先生の価値観を押し付けないで、一緒に考えてくれる先生ですよね」言葉がグサリと刺さっている。

「子どもは、自らを成長・発達させる力をもって生まれてくる。大人(親や教師)は、その要求を汲み取り、自由を保障し、子どもたちの自発的な活動を援助する存在に徹しなければならない」とするモンテッソーリー教育や職能意識を育てるイタリア教育が気になり、彼への答えを出すためと教育者として、夢を伝え、希望を子ども達や若者に語ることが出来るようになるために私はイタリアへ飛んだ。

文責 牟田武生