緊急非正規雇用者救済プラン
社会問題を政治闘争に利用するな!
12月18日NHKの夜7時のテレビニュースに流れた。「派遣切り」に支援の輪が拡がったことは嬉しい限りである。
25日から富山宇奈月、31日から労働団体や市民団体などで作る実行委員会が、東京日比谷公園で「年越し派遣村」が開村し、1日には派遣村が250人の宿泊希望者が出てパンク状態になり、実行委員会から相談を受けた民主党の菅直人代表代行が、枡添厚労相に電話し(朝日新聞3日朝刊)、正月2日から厚生労働省講堂に5日まで宿泊可能となり、支援の輪が拡がっていることは喜ばしい限りである。
5日から全国のハローワークや行政機関が就労・住まいなどの相談や支援に乗り出すことだろう。私達宇奈月も、年越し派遣村の実行委員会も、行政機関にバトンを渡すことになるだろう。
しかし、これで終わったわけにはいかない。もし、年越し派遣村実行委員会が、派遣切り支援の方向性を、従来の枠組みに従い、派遣切りしている大企業の糾弾や行政批判、責任政党批判だけを行い政治的に利用だけしたのでは意味がない。
無論、大企業の経営者は、競争の激しいグローバル社会で生きの残るという理由づけで、高リスク、高リターンの経営方針を掲げ、莫大な利益が上がった時は、企業留保に廻し、リスクが生じた時には、社会的弱者の非正規雇用労働者に負わせ、それでも不足すれば、公的資金という税金を投入させようと画策する姿は、経営者失格そのものの姿である。また、その構造を作った小泉元政権は何であったのか。国民として義憤に耐えないのは良く分かる。
だが、派遣切りを受けた人達は明日の仕事と住む場所がなく、生活そのものは何も改善されない。このままの状態が続けば、ホームレスへの転落を余儀なくされる。労使対立は明日の生活に困らない層やマスコミにとっては政治的に活気づくが、本当に今困っている人には手が廻らない。
派遣村の支援母体は労働団体や市民団体だ。母体団体の政治的な利用価値のために、もし、派遣切りの支援をやったならば罪が大きい。過去に不登校問題では、東京のある民間団体が日教組の一部と民主党議員の支援を受け、学校批判を行い保護者の気持ちを掴み、組織は巨大化し、批判していた団体は、その後、学校まで作ってしまった。そして、千葉県には支持を受けた知事まで誕生している。しかし、そこに通った子ども達は学校批判をまともに受け、学校に復帰出来ないばかりか、学校批判は社会批判に結びつき、社会にも出れなくなってしまった子も多くいた。
不登校問題や派遣切りは社会問題の1つである。政治的には利用しやすい。しかし、社会問題は一番困っている被害者の救済が、何よりも大切な視点を忘れてはならない。まして、社会問題をビジネスにしようと目論む人も多く、二次災害も起こっている。
今の日本を含め世界は、政治的、経済的に四面楚歌の状態に陥っている。従来の方法論や政治力学では解決できないところまできている。派遣村事務局に新たな展開を期待したい。
地方で大企業の派遣ぎりで合い。地方には仕事がないと思い込み、最低賃金が高く仕事にありつけそうな東京、名古屋、大阪へ労働者は向う。しかし、大企業が集積する大都市にも仕事がない。行きの電車賃はあっても、帰りの電車賃はない。仕事が見つからなければ、大都市でホームレスになるしか生きる道は残されない。
労働者諸君、地方から都市へ、中小企業から大企業志向の考え方を止めよう。地方の優良の中小企業に正規社員として職に就き「手に仕事を付けていこう」という考え方の元に、富山宇奈月では、地元、黒部青年会議所らの協力のもと、5日に合同就職説明会を開く。年末年始の支援だけに止まらず、ハローワークなどの公的機関との連携のもと、出口を一緒に探して行こうという取組みである。
社会問題は解決するためにある。その具体的プロトタイプを社会に提供し、これからの本当の意味での社会貢献のあり方について一石を投じてみたい。