おとなになれない男(3)

- MSN-Mainichi INTERACTIVE No.35 -

 死に至るような虐待やいじめは別として、誰にとっても分かりやすい一時だけのいじめや虐待は同情して貰え、理解しやすいので、被害者のこころは癒されやすい。しかし、人は日常的なささいな嫌みや否定する態度を長く取られると、わけがわからない不安や小さな恐怖心を常に感じるようになり、次第にこころが壊れていく。

 それを他人に訴えたところで「そんなささいなことを気にしているからいけないのよ」と、さらに否定を重ねられてしまう。また、ヤンキー系の相談員には「そんなことでどうする。闘え!勇気を出せ!」とまで言われ、ますます死にたくなる。本来、圧倒的な力を持つ相手に五分で闘えたら、虐待やいじめは元々起らないはずだ。

 「主人を実父の虐待という呪縛から解放させてあげたいと思っているのです」と涙を流しながら咲子は訴える。

 自分が自分の人生の主人公になることとは、自分で考え自分の足で歩き人生を主体的に切り開いて生きていくことに他ならない。咲子のご主人はアルコール依存の実父から虐待を受け、跳ね返す力を持てず甘んじて隷属支配の関係を続けざるを得なかった。そして、学校の先生のいうことを良く聞き、現実の虐待を心理的に逃避するように勉強をした。社会人になってからは、上司のいわれたとおりに仕事をこなし、命令に忠実な指示待ち人間だった。

 まじめに働き問題なく時は過ぎて行った。しかし、子どもが生まれてから赤ちゃんに咲子が取られると感じたのか悪魔が目を覚ました。

 強者に屈し自虐的に個を殺し、生き延びようとした歪曲した感情が、咲子の全てを独占している時は良かったが、咲子を赤ちゃんに取られると感じた時に爆発した。弱者を支配し隷属させようとする悪魔の心は、実父によって種を植え付けられ、感情を押し殺し、強者に従うことによって育っていく。そして、歪曲した感情は子どもの頃、自分が最も恐れた隷属支配の関係を今度は弱者に向って現す。

 暴力による支配隷属は世代を超え連鎖していく。それを断つには自分の人生の主人公になることでしかない。

 自分の人生の設計図を持つためには「自分で考え、行動し、人生を切り開くこと」すなわち、能動的に生きることが出来なければ、連鎖を断ち切ることは出来ない。大人になった咲子の夫が両親に対して、自分の考えや生き方を毅然と示し、会社でも上司の指示を待つだけでなく、自分の意見を主張し行動し、自己責任の原則を貫く気概があれば問題は解決する。もし、その気概が持てず、今の生活が続くのであれば、咲子にとって生きた屍との結婚生活になる。夫にとっては咲子との離婚を受け入れざるを得ない時になるかもしれない。

文責 牟田武生